源のおやじの短文

【題目 野良犬又一(のらいぬまたいち)】

野良犬又一は今夜も彷徨い歩いている。
今日の餌にもありつけず、もうこのまま野垂れ死ぬしかないだろうか?
と思いつつ、寒空を眺めぼんやり考えていた。
何の為に俺はこの世に生をうけたのだろうか?
このまま何もせずに死んでいくのは忍びない。
なんで俺は野良犬なんだ!
なんで俺は野良犬なんだ!
考えてもしょうがない事を何度も何度もつぶやきながら、空腹と寒さに耐え深い眠りについた。

軒下で寒さをしのいだ翌日の朝、ただ、ぼんやりと物思いに耽っていた。
空腹がこんなにも自分を苦しめるのかと。。
誰もこんな野良犬に餌を与えてくれる人間様はいないし、もう動くのもしんどいのである。
でもまだ死ねない。
なんとか食い物にありつかなくちゃ、「食い物、食い物、食い物」とぶつぶついいながら、やっとの思いでの重い腰をあげた。
冬の空は重くのしかかり、一筋の希望も与えないような暗い灰色の雲におおわれていた。
ホントあの空の向こうににユートピアがあるのだろうか?

又一は、ユートピア、ユートピア、ユートピアと呪縛のようにつぶやきながら町を彷徨いだした。

空腹の為、朦朧とする意識の中で昔の事を走馬灯のごとく思いめぐらした。
生まれた時からよく考えてみるとずっと一人で生きてきたなぁ。
物心ついた時には周りに誰もおらず必死になって生きてきたなぁ。
俺のおやじやお袋はみた事ないし、それもしょうがないか。。。
でも昔は楽しかったなぁ〜
町や村で知り合った野良犬仲間と一緒にゴミ箱あさりをしていた時が一番楽しかったなぁ。
仲間であさった餌を分け合いながら、ああでもない、こうでもないと語り会いそれはそれは時を忘れる至福のひとときだった。
その中にそういえば可愛い子がいたっけ。
名前は確か港のヨ−コだったけ。
場所は横浜。
そういえば人間様の世界では、港のヨ−コ、横浜、横須賀って曲がヒットしていったっけ。
今頃、ヨ−コはどうしているだろうか?
元気にしているだろうか?
会いたいなぁ〜〜
野良犬又一は「会いたい会いたい」とぶつぶつ言い出した。
そして今日も餌を求め彷徨うのだった。

とぼとぼ、とぼとぼ。。。
歩き疲れてしまい〜ました ♪歩き疲れてしまい〜ました ♪

そういえば港のヨ−コと別れ離れになった当時は、まだ日本では野犬刈りがさかんに行われてたんだ。
そうだ、あの時もそうだった。
餌を分け合いながら仲間と談笑していたら、突然、野犬刈りのおやじが出没。
捕まれば殺されてしまうので、みんな必死に逃げたっけ。
ちりじりばらばら。
離散の仲間達。
別に俺ら達〜何も悪い事やっとらん!
野良犬だからしょうがないんだ。
誰も餌くれへんし、ゴミ箱あさるくらいしか生きる術しらんもんな〜
そら、ゴミ箱ひっくり返したり、散らかしたりしたけれど。。
野良犬だからって言う事だけで人間様達から石を投げられたり、竹でなぐられたり死ぬ思いをして生きてきたんだ。
そら、たまには、おいらも怒るわさ。
「こらっ!人間共!」ってさ
威嚇して吠えるとよけい石投げられて。。。
痛いのなんのって、もういいようがない痛さ。
体中、傷だらけ。まさに傷だらけの人生さ。

いたた、いたた、心まで痛いがや〜〜
いたた、いたた、心まで痛いがや〜〜

野良犬なんてララ〜ラ.ラララララ〜ラ〜 ♪
野良犬なんてララ〜ラ.ラララララ〜ラ〜 ♪
何かがほしいよ〜今、今の自分もおかしいよ〜 ♪
空に浮かぶ雲はいつかはどこかに飛んでいく〜 ♪
(どっかで聞いた歌詞だな〜)

今日もぶつぶつつぶやきながら重い足取りであてもなく彷徨い歩いていた。
西の空には真っ赤な夕焼けが山肌を照らし、あたり一面をオレンジ色に染めその非現実空間に我を忘れぼんやりみとれていた。
絵に書いたような美しさというよりとても絵には表わす事ができない美しさであった。
こんなちっぽけな俺なんか、とても自然の雄大さにはかなわないな〜
野良犬又一は空腹も忘れ、夕焼けをぼんやり見ながら生きている実感をかみしめていた。
地平線のかなたに夕焼けが消え去るまでずっとずっと夕焼けを見送っていた。

昨夜は高台の社でお泊まり。
社の縁の下にはいりこみ寒風をしのぎながら夢の中に我が身を任せ、ひとときの安らぎを手にいれるのであった。
そして目覚めると、とりあえずお供えの大福餅を頂戴したあと、また深い眠りについた。
なにしろ動けば、腹がへる。
腹がへるとまた困る。
もうこれ以上、困る事は避けなければならないのである。
あてもなく彷徨う旅人。。。
と言ったら格好もいいが、所詮野良犬。
我が心、誰が知ろう。。。
明日の事はなんもわからへん。
その日暮しの夢追い犬?
夢?
夢ってなんだ?
自問自答してみるがなんもあらせん。
もうこんな生活ヤダ〜〜
もうこんな生活ヤダ〜〜ヤダ、ヤダ〜〜

どうも今日は町の様子がおかしいなぁ〜
何かなんとなくいつもと違う気配がするぞ。
町が 賑やかなのである。
耳を澄ませて聞いてみると太鼓や笛の音がかすかに聴こえてくる。
ピーヒャラドンドン、ピーヒャラドンドン、ピーヒャラドンドンドン
今日は人間様のお祭りなんだろう。
いつも一人ぼっちの野良犬又一は人じゃない、犬恋しさに町にでかけてみる事にした。
「よっこらしょ〜」自分に掛け声をかけ弱りきった体をおこしながら少しづつ町に向かって歩き出した。
町は神輿がくり出し見物客の山でごったがえし町中が祭り一色と化していた。
そして通りには屋台が軒のように連なり、人々はつかのまの祭り事に歓喜し異様な雰囲気に包まれているのだった。

相変わらず野良犬又一は人間様を避けるようにとぼとぼ彷徨い歩いていた。
えらい騒ぎだな〜
何が楽しいんだろう?
よくわからんな〜
人間というのは奇妙だな〜
色々考えながらぶつぶつ一犬事(ひといぬごと)を言っていた。

そしてぶつぶついいながらちょっと疲れて立ち止まり、ぼうっと前方をなにげなく眺めていると、細い路地の隅に犬らしき物体がはるかかなたにみえるではないか!
えっ、信じられない。
まさか野良犬では?!
と思いきや全身の力をふりしぼって走りだした。
近づくとやはり野良犬だった。
体はやせ細り、目はうつろ。
まるで生きているのか死んでいるのかわからないような様相である。
そばに近寄り声をかけた。
「おい!お前、野良犬だよな?」
と声をかけると、その野良犬は重たそうに顔を上げ、覗くような眼差しで野良犬又一をぎろっとにらんだ。

えっ、
まさか、まさか、まさか?
ヨ、ヨ、ヨーコではないか!
「ヨ−コ〜!!」
「ヨ−コだよな、ヨ−コ、こんなにやせ細ってしまって。。。」
「よく今まで生き延びていたな〜」
「ホント大変だったろうな〜」
「信じられない。あ〜あ神のおぼしめしだ〜!!」
又一は絶叫した。

ヨ−コは又一を眺めながら一筋の涙を流した。
そして昔の事を思い出したのだろうか、その後は止めどもなく流れる涙がヨ−コの顔を埋め尽くした。
ヨ−コは声も出せず呆然としていた。
「ま、ま、又一さん〜」
こういうのが精一杯だった。
そしてお互い鼻と鼻をすりあわせ、顔をお互いの顔にうずめた。
「会いたかった〜」
「ホント会いたかった〜」
「一緒に暮したいと思っていたんだ」
「わ、わ、私もよ。。」

町の祭りの騒ぎとは裏腹に彼等は別世界のごとく静かな空間に包まれ、そして二人だけの時間が永遠の時を刻むようにゆっくりと穏やかに流れていくのであった。
「少し歩こうか?」
「うん」
それ以上、会話はすすまなかった。。
二人は夕暮れの丘に向かって静かに歩き出した。
沈黙と静寂が交差する中、穏やかな優しい風が彼等を吹き抜けていった。
そしてまだ二人の眼にはとめどもなく涙が流れているのであった。
涙はきらきらと夕焼けの陽に反射し美しい様相を呈し、哀愁を帯びた 夕焼けが彼等を優しく 見守っていた。

二人はさっき又一がいた社に向かっているようでだった 。

二人の足取りは重く、坂道をお互い寄りそいながら支え合う ようにして登って行った。
空はすっかり暗くなり、町の祭りの提灯が町並木をぼんやり 照らし、相変わらず人間様の歓喜の声と祭りの太鼓や笛の音が 響きわたっていた。
そしてやっとの思いで社に辿り着き、二人は下界の様を眺めな がら腰をすえ、言葉を交わす事もなく時を過ごしていた。

そのうちどちらかともなく声をかけ、これからどうしようかと 相談を始め出した。
「とりあえず社の縁の下を寝倉にしよう!」
「ここなら、お供え物にもありつけれるし、雨風もしのげる」
ヨ−コは又一の言葉に軽くうなづいた。

また二人の間に沈黙の時が流れた。

「どうして僕らは野良犬に生まれたんだろう。。」
「別に野良犬に生まれたくて生まれたんじゃないよな、僕達。」
「命があるものは全て慈しみ、わけへだてる事なく生きれる犬の世界 がこないだろうか?」
「野良犬にも生きる権利があるよな、ヨーコ〜」
ヨ−コはただうなずくだけであった。
「いつになったらそんな時代がくるのだろうか?」
「神がいるなら何故野良犬をつくったのだろう?」
「野良犬はなんの為に生まれてきたんだろう?」
「何故、人間様は差別をするのだろう?」
「野良犬だからってなぐっていいか!」
「野良犬だからって殺していいか!」
一人で話しながらぶつぶついいだした。
もう一人の世界に又一ははいっていた。
ぶつぶつ、ぶつぶつ、ぶつぶつ。
ぶつぶつ、ぶつぶつ、ぶつぶつ。

その横でヨ−コが又一の横で耳もとでそっと囁いた。
「会えてよかったわ」
その言葉に我にかえった又一はまた一筋の涙を流した。
ヨ−コの眼にも涙が流れ出した 。
二人の眼には一筋の涙がいつまでもいつまでも止まる事を忘れた ように流れていた。
いつまでも。。。
いつまでも。。。
いつまでも。。。

おしまい

byバカボンマタイチ   2003年